JRヘルシーウォーキング2019、次回11月23日は、苗穂駅『苗穂駅新駅舎開業1周年記念! 産業遺産めぐりと札幌開拓の歴史を偲ぶ、苗穂ウォーク』です。

アイヌの人々につながる歴史や文化(旧石器~中世)

知る

 

旧石器の時代

現今の科学的知見によれば、北海道に人類が住み始めたのは2万数千年前とされ、歴史的には旧石器時代に属します。当時の気温は現 在より7〜8度も低く、北海道を含む日本列島は陸続きでしたが、 気候の温暖化に伴って海面が上昇し、1万2千年前には北海道、本 州、四国、九州などそれぞれ独立した島々が形成されるようになりました。

縄文文化の時代

 このころには、北海道でも土器作りが始まり、いわゆる縄文文化の時代に入ります。なお、人類学的な研究によって、アイヌの持つ形質や遺伝的な特徴の中には、縄文時代まで遡るものがあることが明らかになっています。さらに、遅くとも2千5百年前には大陸から日本列島の一部に稲作と金属器が伝わり、弥生文化の時代に移りましたが、寒冷な北海道では稲作は広がらず、狩猟、漁撈、採集を中心とする独自の続縄文文 化が6世紀ころまで続くことになります。

擦文文化の時代

 7世紀に入ると、本州文化や北方文化の影響を受けつつも、独特さつもんの土器文様を描く擦文土器に代表される擦文文化の時代が北海道で始まります。この時代、日本の東北部に住み中央政権に帰属しない人々 は「蝦夷」(えみし)と呼ばれていましたが、そこにアイヌが含まれて いたかどうかについてはなお議論が続いています。

 ただし、「日本書紀」等 には、アイヌ語で解釈できる「蝦夷」の人名や東北地方の地名が記 されているなど、言語学的にはアイヌとのつながりを見ることができます。その後、12〜13 世紀ころに、日本海沿岸交易の発展に伴い 鉄製品や漆器が入るようになって、土器は作られなくなり、擦文文化は終わったと考えられています。

 この擦文文化期の中で現在に認識されるかたちでのアイヌの文化 の原型がみられ、それに続く 13〜14 世紀ころにかけ、狩猟、漁撈、 採集を中心に一部には農耕を行う生活の中で自然とのかかわりが深く、海を渡って交易を盛んに行うアイヌの文化の特色が形成されていきます。そして、大陸をはじめ樺太から蝦夷錦(絹製品)やガラス玉など絢爛たる装飾品等がもたらされることとなりました。

オホーツク文化の影響

 なお、5〜6世紀ころから、オホーツク海沿岸を中心に、漁撈や 海獣猟を行い、独自の土器を用い、クマに対する信仰などを有する 大陸的な色彩が強いオホーツク文化が広がっていきます。オホーツク文化は、やがて擦文文化と融合し9世紀ころに終末を迎えますが、その後に形成されるアイヌの文化には、信仰などの面においてオホーツク文化からの影響がみられます。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/index.html

 

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